2009/09/10

保津川筏復活プロジェクト2009が行われました その1

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昨日9日(水)、半世紀ぶりとなる保津峡での筏流しの再現をめざす「保津川筏復活プロジェクト2009」が行われました。1300年以上も昔から行われてきた保津川の筏流し、明治以降、鉄道やトラックでの輸送に切り替わり、また上流にダムが造られるなどした結果、戦後しばらくして保津川の筏流しは姿を消しました。それでも、他の運搬手段がない保津峡谷内での材木搬出には筏に頼らざるを得なかったのですが、その筏も昭和40年ごろには役割を終え、保津川の筏流しの歴史は途絶えたままになっていました。

歴史ある保津川の筏流しの技術や文化を絶やすことなく、受け継いでいこうと始まった筏復活プロジェクト、昨年は亀岡市の保津川下り乗船場から保津峡の入り口までを下りましたが、今年は保津峡(落合)から京都の嵐山までの筏流しに挑戦することになりました。

まだひんやりとした朝6時半、保津川下り乗船場に船頭さんチームがひと足早く集合して、メンバーを現場まで運ぶ船を準備してくださいました。そして7時過ぎには出発式が行われ、いよいよ保津峡での筏流しへの挑戦が幕を開けました。

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さて、船に乗り込んでいよいよ出発です。筏に使う「カン」という金具を60年ぶりに作っていただいた鍛冶屋の片井さんも船に乗り込み、全行程をご覧いただきます。スタッフTシャツをプレゼントすると、照れながらも受け取ってくださいました。

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スタッフは2艘の船に乗り込んで筏流しのスタート地点をめざします。途中、流れのゆるやかな場所ではボランティアにかけつけてくれた学生スタッフが船の「櫂引き」を体験。ボートのオールと違って支点が固定されていないのでなかなかに難しいのですが・・・、写真の彼は船頭さんたちもビックリするほど上手でした。船頭さんたちからは「内定出すから、船頭になり!」と声がかかるほど!

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JR保津峡駅下では、先に現場近くに到着して準備していただいていたアオキカヌーワークスのみなさんと合流です。昨年に引き続き、ラフティングボートで撮影と救護のために伴走してくださいます。

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保津川と清滝川が合流する「落合」の少し上流が今年の筏の出発地点です。まずは船を接岸して、スタッフが上陸します。この場所では筏組みの作業を行うので、全員の上陸が終わるといったん船を上流に移動して係留します。

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川の水の中に沈められた藤蔓。これも事前に亀岡市内の山中で採取してきたものです。前日の材木搬入の際に現場に持ち込んでおかれたものですが、こうして水に漬けておくことで粘りが増し、切れにくくなるのです。

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前日に運び込まれた材木を、TVのカメラマンが熱心に撮影中です。実は前日の材木搬入では、不法投棄と間違われて警察に通報されてしまう、なんてハプニングもあったのですが、府の方を通じて説明していただき、ことなきをえました。それにしても、急な斜面、何も知らない人が見れば不法投棄と勘違いされるのも仕方ないかもしれませんね。この後、この急斜面を75本もの材木を降ろすわけですが、最初の大きな試練がそこに待っていたのでした。

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準備を整え、プロジェクトリーダーの河原林理事から作業内容の説明と注意がありました。昨日の京都は大変涼しく、谷間の保津峡は肌寒いほどです。危険防止にはしっかり注意して、さあ、作業開始です。

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最初の作業は、材木を河原まで落とすことです。まず最初に、何本かの材木を川に向けてまっすぐに「滑り台」のような形に並べます。そうして1本ずつ、川に向けて落して行くのですが、これがまた大変な作業でした。途中には、立ち木もあれば岩もあり、まっすぐではない材もあったりと、なかなか思うようには「落ちて」くれません。あらぬ方向を向いていってしまったり、木に引っ掛かったり。その都度、急斜面を上り下りして川まで落としていきます。材木によっては直径が30cm近いものもあって、かなりの重労働です。時折、うまく転がり落ちていったときには、作業に当たっていたスタッフの間から歓声があがるほどでした。

林業が盛んだったころには、このあたりの山の斜面には「修羅」という、材木運搬用の滑り台のようなものが張り巡らされていたといいます。今回の筏復活プロジェクトでは、その「修羅」についても調べたりしてきましたが、その場にあるもので、うまく道具を作ってしまう昔の人の「知恵」に、身を持ってその凄さを感じたのでした。

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そうして川に落とした材木は、今度は川の中で待っているスタッフで1本ずつ作業場所まで水に浮かべて運びました。この作業がまたまた大変、冷たい水の中での作業はスタッフの体力もどんどん奪っていきます。特に、慣れない作業を一生懸命手伝ってくれた学生スタッフのみなさん、お疲れさまでした。

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作業場所まで運ばれた材木は、各連(1組の筏を「連」といいます)を担当するスタッフの手によって、筏に組まれていきます。筏を結ぶために使う金具「カン」は、今日の日のために60年ぶりに鍛冶師の片井さんによって制作されたもの、真新しいカンを打ち込んでいたスタッフからは「これはええカンやわ~、よう焼き入れてある!」と感嘆の声があがっていました。

「やわ」なカンだと、すぐに開いてしまったり曲がってしまったりして、使いにくいのですが、1本1本が丁寧な手作業で作られたカンは、焼きがいい具合に入っており、粘りがあるために強く叩いても変形しないので作業がしやすいのです。

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そっと作業を見守る片井さん。筏が組まれるその現場を見るのは、実は初めての片井さん。「いや~、もうそんなん、こんなもん見せてもらえただけで、感謝、感謝」とおっしゃっていましたが、ご自身の手によるカンで筏が作られる様子は、片井さんの目には、どんな風に映っていたのでしょうね。

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今回は4mの材木を使った6連の筏、全長は24mにおよびます。が、かつての筏はその倍の12連、しかも後ろのほうはより長い木を使うので全長は50m以上でした。しかも、それだけの筏を、山から木を切り出す人も含めてたったの5~6人で、しかも午前中に組み上げていたそうです。

元筏士の上田さんに伺ったら、その午前中の材木の切り出しと筏組みの作業のほうがよほど大変で、筏が組みあがって嵐山に向けて出発するときは「やれやれ」という気分だったそうです。その言葉の意味が、私たちも少しは分かったような気がしました。

つづく。。。

(H)

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