2008/07/11

嵐山大悲閣千光寺で了以忌の法要が営まれました

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“花の山 二町のぼれば 大悲閣” と俳人・松尾芭蕉の句にも登場する「嵐山大悲閣・千光寺」は保津川下りの生みの親・角倉了以が保津川開削工事で犠牲になった人達の菩提を弔うために建立した禅寺です。その大悲閣で、角倉了以の命日である7月12日を前に、保津川下りの船頭さんたちによる法要が営まれました。

この大悲閣は、もともと嵯峨釈迦堂で有名な清涼寺の西にあった千光寺を了以が渡月橋の約1km上流の嵐山中腹に移して創建し、彼自身も晩年をここで
過ごしました。松尾芭蕉のほかにも夏目漱石や谷崎潤一郎も訪れ、最近では司馬遼太郎が「街道をゆく」でも紹介している嵐山の隠れた名所です。

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大悲閣は山の中腹に建っている寺なので、しばらくつづら折りの石段を登って行かねばなりません。

キツイ坂を登りきり、大悲閣千光字に辿り着くと、了以が祀られている客殿、月見台があります。かつては境内も非常に広く、大きな伽藍が立ち並ぶ寺
だったということですが、今では本堂も台風で倒壊してしまい、残念ながら荒れ寺の様相です。しかし、客殿からの眺めはご覧のように遠く比叡山や東山三十六
峰、そして京都の町並みを望み、眼下には保津川の流れ。なんとも贅沢な眺めです。

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この千光寺には、了以の像が祀られています。法衣姿の了以像の手には、保津川はじめ日本各地の川を開削した彼らしくツルハシがしっかりと握り絞めら
れています。眼光鋭く口を「への字」に絞めいる了以像から、悲願であった保津川水運事業への情熱と、難工事で命を落とした多くの名も無き人たちへの真剣な
追悼の意志が強く感じられます。

改めてそのような多くの名も無き人達の尊い犠牲の上に、保津川の水運が開かれ、京都や大阪の発展に大きな貢献をし、今の私達の生活につながっていると思うと、先人の偉業に思いを馳せずにはいられません。

大悲閣という名は、観世音菩薩を安置する山の上の観音堂のことで、「大悲」とは仏教の慈悲の「悲」から取られているそうです。「全ての苦しみを抜い
てやりたい」という、やさしい慈悲の心が右に左にと別れて、痛く悲しくどうにかしてやりたいと思う心だとご住職から教えていただきました。このお寺の本尊
は千手観世音菩薩で、了以の念持仏だったということです。今ではその千手観世音菩薩を祀る本堂は、台風で全壊し仮の本堂が建てられているのみです。

観光地・嵐山にありながら、観光とはかけ離れた静かな山寺、大悲閣。比叡山、大文字東山三十六峰を向こうに望み京都市内を一望できる絶景と自然の静寂に包まれた環境は、本当の意味での最高の贅沢かもしれませんね。

大悲閣 千光寺 (だいひかく せんこうじ)
住所 京都市西京区嵐山中尾下町62
TEL: 075-861-2913
JR嵯峨嵐山駅から徒歩40分、阪急嵐山駅から徒歩30分
駐車場なし
拝観・開館時間 9:00 – 17:00
休日・休館 年中無休
料金 大人 400円
坐禅(含・法話)は電話にて要予約

プロジェクト保津川 原田

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