2008/12/29

保津川に60年ぶりに曳き舟再現!(前篇)

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昨日で年内の営業を終了した保津川下り乗船場に、早朝からたくさんの人が集まって出航の準備。実は今日、「保津川の世界遺産登録をめざす会」が中心になって建造が進められてきた木造船での「曳き舟」の再現の予行練習と調査ということで、現在のFRP船を使った曳き舟が60年ぶりに再現されることになったのです。

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朝9時に亀岡を出発した一行は、深い霧の中、保津峡を目指します。

保津川下りにお乗りになった方は、途中に「綱道」と呼ばれる曳き舟のための道や、引っ張り上げた綱が岩を刻んだ「綱の跡」を覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。400年前に保津川の舟運が始まって以来、昭和23年にトラック輸送に切り替わるまで、保津川を下った船は綱を引っ張って船頭さんたちの人力だけで亀岡までの回航されていたのです。この曳き船、4人の船頭さんたちの人力だけで行われ、だいたい4~5時間かかって引っ張りあげられていたといいます。戦前の保津川下りのパンフレットを見ると、

午後出船は1艘に対し別に1円50銭を申し受けます。これは其日のういちに船を引き返す事が出来ない為船夫に泊り費用として申し受けるものであります。

と書かれていることからも、そのことがうかがえます。亀岡まで戻る間にわらじはボロボロになり、馴れた船頭でも2足は必要だったといわれています。4人の船頭が一組となって、帰りはそのうち年長者である「船長」が船の中で舵をとり、残りの3人が、経験の浅い順に「先綱」「中綱」「後綱」として、船から伸ばした綱を引っ張って帰られました。今は保津川下りの船頭さんは3人1組となってチームを組まれていますが、年長者から順に「船長」「中綱」「先綱」と呼ばれているはその名残です。

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最初の試し曳きポイントである「烏帽子岩」に到着。撮影隊は対岸から曳き綱の様子を撮影します。鏡岩と名付けられた大きな岩は、写真奥の2つに割れている岩です。対岸の船には今日、曳き綱を担当される若手船頭さんたちが乗っておられます。全員、曳き綱なんて見たこともない世代。今日まで、先輩船頭さんたちに聞き取り調査を重ねて、今日は全員ボランティアでの参加です。

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さて、なぜ鏡烏帽子岩が最初のポイントに選ばれたのか、というと、この岩には前もって「綱はじき」と呼ばれる竹が設置されていたのです。綱が岩に引っ掛からないように設けられる綱はじき、船を曳き上げる綱道に大きな岩が横たわっている何箇所かに設けられていたそうです。ですので、この綱はじきもまた60年ぶりに復活ということになります。

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さて、3本の綱を舟にかけて、試し曳きが始まります。まず最初は、大勢の船頭さんでの試し曳き。見ている方はもちろん、やる方もまったく初めての経験です。まずは綱はじきの上に綱を這わせて、実際どんなものか試してみます。

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と、思ったら岩のてっぺんに綱が引っ掛かってしまいました。ちょうど岩のてっぺんに「烏帽子岩」と書かれた案内板がかかっていて、そこに引っ掛かったようです。大急ぎで別の船頭さんが岩によじ登って綱を外します。

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そして2回目は、いよいよ昔の通り、3人の船頭さんだけでの曳き綱。要領がわかると今度はすいすいと舟が進みます。霧の向こうに見える60年ぶりの曳き綱のようすは、本当に、まるで昔の保津峡の姿が甦ったような気がしました。こんな足場の悪いところを、何時間もかけて歩いていたのか、と思うと、昔の人の苦労には頭が下がります。

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深い霧の中を、今度は小鮎の滝をめざして下っていきます。乳白色の霧に包まれた峡谷は、まるで夢の中のような景色です。

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その霧深い峡谷も、あるところを境にくっきりと青空に変わるのです。このドラスティックな変化がまた美しいのです。特に紅葉のころは最高にきれいなんですよ。太陽の光に暖められた霧が一気に山を駆け上っていく姿は何度見ても感動的です。

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さて、次のポイントは「小鮎の滝」。落差2m、保津川最大の急流です。今回は安全第一ということで、滝の直上からの曳き綱になりますが、舟を下りてまじかで見る滝は何度見ても迫力満点です。

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他のスタッフのみなさんはこんな岩場の上で撮影準備をされたり、作業を見守ったりしていたのですよ!

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準備が整って曳き舟開始。写真の左の岸に岩が敷かれて道が設けられているのがわかりますか?これは石張りといって水路を整え、なおかつ曳き舟のための「綱道」を確保している、何百年も前からの保津峡の「史跡」なのです。ちょうどこのとき、今日が年内最後の営業日であるトロッコ列車が上をゆっくり通過しましたが、今日、保津川下りの船をお見かけになった皆さん、実はこんなことが行われていたのですよ。

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その次は、「殿の漁場」の上流で、別の綱道を使って曳き上げた道の確認。このあたりは足元が悪く、今でも使えるかどうか、の検証です。「綱道」といっても、すべてが石張りの立派な道ではなく、ほとんどはけもの道のような、人一人が通るのがやっとの、足もとの悪い細い道がほとんどで、場所によってはすでに崩落してしまっているところも多いのです。そのため、こうして何度も舟を止めて、ひとつづつ確認をしていくのです。

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午前中の調査を終えた船頭さんたち。みなさん、いい笑顔ですね!

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午前中の作業をひととおり終えて、河原で焚き火を囲んでの昼食です。温かい豚汁が振る舞われて、冷え切っていた体も元気を取り戻します。みなさん火を囲んで、川のいろんな話に花が咲きます。河原での焚き火って、本当に気持ちいいものですね。しばし休憩を取った後、午後の調査が始まるのですが、思いもよらない大変な曳き舟が待っていようとは、このとき誰も想像していなかったのでした。

後篇につづく。。。

(H)

保津川に60年ぶりに曳き舟再現!(前篇)」への2件のフィードバック

  1. ♪⌒ヽ(*゜O゜)ノ スゴイッ!!! 凄すぎます!
    あの下ってゆく川を上がっていくなんて・・・σ(^_^)渡月橋から保津峡駅まで川沿いを歩いている時間だけで2時間程度でした。全行程4~5時間と言うのは凄すぎますね!
    しかし・・いいところで終わるなぁ~…( ̄。 ̄;)ブツブツ 早く続きが読みたいです!

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