プロジェクト保津川

最上川紀行 その1

2009/02/16

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今日から1週間、山形に調査に来ています。目的は最上川の環境保全に向けて流域で活躍する市民団体や行政機関、企業の関係者への聞き取り調査。プロジェクト保津川の活動にもフィードバックさせるべく、いろいろなお話を伺いたいと思います。

山形行きの始発便(7:25発)に乗るべく、朝5時に亀岡を出た私たちでしたが、いきなりのハプニング発生!飛行機のエンジンがかからない、という信じられないトラブルで、出発が3時間遅れとなりました。午前中に予定していた国土交通省山形河川国道事務所での聞き取り調査は泣く泣くキャンセルすることとなってしまいました。

昨日までは山形も春のような天気だったそうですが、今日は一転して真冬に逆戻り。最高気温も氷点下、一日中雪の予報です。

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さて、空港でレンタカーを借り向かった先は山形大学。ここには「美しい山形・最上川フォーラム」という、山形県内の市民や企業、行政機関で構成される団体の事務所が置かれています。

淀川流域も含めて多くの場合、市民団体vs.行政機関、というように環境保全を巡っては両者が対立関係にある地域が多い中で、山形・最上川では、企業をも巻き込んだ、多くの人々のフラットな関係を通じた「川づくり」、そして地域振興に向けた取り組みがなされています。

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今回の聞き取り調査では、柴田会長、伊藤事務局長、スタッフの平野さんの3人からお話を伺いました。昨年もお伺いして、平野さんにはいろいろなお話を伺っていたのですが、なぜ山形の人は最上川をこれほどに大切にするのか、正直言ってお話しを聞けば聞くほど疑問は深まるばかりで、それは今回も一緒でした。

山形には芋煮会(いもにかい)、という独特の風習があります。芋煮会とは、東北地方で行われる季節行事で、秋に河川敷などにグループで集まり、サトイモを使った鍋料理を作って食べる行事で、山形では特に盛んに行なわれています。

毎週毎週、友達や家族、職場の同僚と芋煮会を催し、多いときには1日で3つの芋煮会をハシゴすることもあるとか。

ちなみに芋煮の起源は、江戸時代に最上川舟運の船頭が河原で棒鱈を煮て食べていたことが起源ともいわれ、なかでも朝日町では、江戸時代の北前船と最上川の河川交通で商いをしていた商人が、京都の「芋棒」を川人足たちに鍋形式にして振舞ったことがその起源とする話が伝わっているそうです。

そんな山形県の人々にとって一大イベントの芋煮会。みんなでわいわい楽しく盛り上がる場所だからキレイにしよう、となるのも当然のような気もします。そしてなにより、芋煮会、といういわば「同じ釜」ならぬ「同じ鍋」のメシを食べるという行為を通じて、相互に対等な人間関係が醸成され、深化していくのではないのか、と思うのです。

川を巡って喧々諤々の議論を繰り広げても、それが終わったら芋煮会で互いに労をねぎらう。そういうことも少なくないそうです。美味しいものとお酒を通じて、その人の主張の背後にあるものにお互いに近づいていく、そういったところでしょうか。

単に飲み会を開くだけではなく、真剣な議論を経た上での人間関係のリセットとでもいうのでしょうか、素敵な文化だなあと思いました。

人里を流れてきた川は、人との関わりがあってこそのものです。里山と同様に、放置されればあとは川は荒れるだけ、そんな川が全国にたくさんあります。私たちの保津川も、そんな多くの川ではなく、最上川のように、人の暮らしに近い、そんな川であり続けて欲しいなあ、と改めて思ったのでした。

(H)

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