プロジェクト保津川

いよいよ明日、筏流しが復活!

2008/09/09

080908_kyoto_yuukan_01
(京都新聞)

Yomiuri_20080909
(読売新聞)

Mainichi_20080909
(毎日新聞)

いよいよ明日に迫った「保津川筏流し復活プロジェクト」。前日の今日も、新聞でも大きく報道していただきました。

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灯 『筏流し』
http://hozugawa.org/img/newspaper/080908_kyoto_yuukan_01.jpg

 水害には悩まされてきたとはいえ、亀岡市の市民にとって、保津川(桂川)に対する思いには格別のものがあるに違いない。『保津川下り』は亀岡観光の目玉であるし、岸辺のごみを拾い続けるグループや、水生生物を守る団体、『保津川を世界遺産に』という活動もある。
 さらに、明後日の十日には、約六十年ぶりに保津川の筏流しがよみがえるのだという。亀岡市などの各グループや府などでつくる団体の主催だ。三連の筏が二つ連なって約一時間、川を下る。操るのは、保津川下りの船頭さんだから、興趣も満点だろう。
 保津川の筏流しは古くから、丹波産の材木や商品を京都に運ぶ手段として、盛んに行われてきた。京都の町の暮らしを支えてきた、と言ってもいいかもしれない。しかし、鉄道の開通やトラック輸送の隆盛で、1950年前後に姿を消したとされる。
 絶え間なく行き過ぎる川の流れは、時に移ろいにも似ている。
 当日は、地元の小学生らが見学し、筏作りも手伝う。時を越えた『歴史と伝統』の再現が、古里の川への思いを引き継ぐであろう子どもたちの目にどう映るか、楽しみだ。
(足立 昌明)

(2008年9月8日(月) 京都新聞夕刊)

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再現「保津川筏流し」 エコの流れに木をまかせ
あす亀岡で地元住民ら 杉とヒノキ70本

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kyoto/news/20080909-OYT8T00074.htm

 約60年前まで亀岡市など口丹波地域で伐採した木材を束ね、保津川に流して京都市まで運んだ「筏(いかだ)流し」が、地元住民らの手で復活することになった。10日に計6組のイカダを連ねて保津川下りの乗船場近くを出発し、約3キロ下流の河原まで試験的に流す。住民らは「1000年以上続いたという地元の伝統を後世に伝え、環境に優しい木材運搬のあり方もアピールしたい」と意気込んでいる。
 亀岡市文化資料館や住民らで作る環境グループなどが主体となって「保津川筏復活プロジェクト」チームを結成。5月から準備を進めてきた。
 口丹波地域は良質な杉やヒノキの産地として知られ、平安時代ごろから保津川の流れを利用して京の都まで運び、寺社の造営などに使われたと伝わる。
 戦前までは保津峡の急流を、連なったイカダが蛇がうねるように流れていく風景が見られた。しかし、戦後、トラック輸送が本格化するなどした結果、筏流しは自然消滅。運搬にかかわった筏師たちは保津川下りの船頭などになったという。
 しかし、保津川の清掃などに取り組む住民たちの間から「イカダを通じて環境問題を考えてみよう」との声が高まり、筏流しを復活することが決まった。
 同チームでは、長さ約3メートル、直径約20センチの杉とヒノキ計約70本を用意。かつて筏流しを経験した元筏師の酒井昭男さん(81)と上田潔さん(88)の証言を基にイカダの組み立て方などを学んだ。
 10日は、地元の小学生や高校生たちも参加して現地で組み立て、保津川下りの船頭たちがイカダに乗って下流まで流す。メンバーの黒川孝宏・亀岡市文化資料館長は「手間はかかるが、トラックを使わないので二酸化炭素の排出がなく、環境にも優しい。試験は今後も重ねて、将来は嵐山まで筏を流し、町家建設などに使うことも考えたい」と話している。

(2008年9月9日  読売新聞)

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60年ぶりに保津川筏流し あす復活
元筏士が組み方、操り方指導 6連つなぎ2キロ下る

http://mainichi.jp/kansai/photo/news/20080909oog00m040009000c.html

 亀岡市内の保津川で10日、約60年ぶりに筏流しが復活する。筏の組み方や操り方を、かつて筏に乗っていた同市在住の元筏士から教わり、森林資源と河川など郷土の歴史と環境を学ぶ。

 主催は府南丹広域振興局や市文化資料館などで構成する「保津川筏復活プロジェクト連絡協議会」。今年5月結成された。保津川下りの「保津川遊船企業組合」が協力し、組合員(船頭)が筏に乗る。
 同市内の保津川下り乗船場の対岸の河原で10日午前、元筏士の酒井昭男さん(81)と上田潔さん(88)の指導で組合員が筏をつくる。使用する材木は約60本で、ほとんどは近くの市立保津小が総合学習のため保管する杉の丸太。長さ約3メートルの木約10本で幅約2メートルの筏をつくって、6連つなげる。児童らの見学の後、同日午後3時半から約20メートルの筏が保津峡手前までの約2キロを下る。
 同館によると、丹波の木を運ぶ保津川の筏流しは奈良時代には始ったとみられ1300年の歴史がある。長岡京や京都の寺社の造営などで大きな役割を果たし、江戸時代末の最盛期には年間約60万本を運んだ。参院選の開通や道路の整備で衰退し、1949年ごろ途絶えたという。
 酒井さんと上田さんは保津川下りの船頭の経験もあり、8月下旬に同館敷地で組合員に事前の手ほどきをした。上田さんは「忙しい時は12、13連の筏に2人で乗った。船よりもだいぶゆっくりだが、急流では難しかった」。酒井さんは「緩やかな流れと急流では筏の組み方も違う。現在の船頭では急流は下れないでしょう」と話していた。

(2008年9月9日  毎日新聞)

今日の午後は、筏に用いる材木のトラックへの積み込みなどが行われました。準備も万端整い、心配された天気も明日は大丈夫なようです。

明日はメイン会場である保津川下り乗船場向いの河原では、筏の組立の実演のほかにも保津川の環境問題など多彩なパネル展示も行いますので、ぜひお越しください。また、夕方のニュースでも放映していただけるということで、こちらもぜひ、ご覧ください。

(H)

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